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アレックスの日々想うこと

人間中心の霊性から真の宇宙的霊性への進化 何事もポジティブシンキングで人生を謳歌していきたいですね。

世の中には、無宗教の人も居れば、宗教をやっている人も居ます。
これは、すべて自分から望んだ結果ですし、幸・不幸もその人の学びの過程・プロセスなのです。
そして、その結果を自分で責任を取らなければならないと言う事も学びます。
すべて、自分自身の責任なのです。
生涯、その事を気づけなかったら、気づくまで来世にまで持ち越します。
それ位、輪廻転生と言うのは厳しいものです。
何故か?
人の意識には、わかりやすく言えば顕在意識と潜在意識があります。
潜在意識というのは深層意識の中にあるものですが、人の変化を嫌うものです。
だから、人は変われ難いのです。
「パンドラの箱」と言う寓話があります。
最初は、開けてはならぬ(壷)箱を開けてしまい、中の色々な辛苦などの諸悪が地上に蔓延り、慌てて箱の蓋を閉めてしまう訳です。
ところが、「今度は開けて 下さい、私をここから出して下さい。私の名は希望です」と・・・・・・それでも、もう沢山だと思ったパンドラは、聞く耳も持たなかったと言う事ですね。
つまり、その箱には、災いのみ解き放ち、希望を箱の中に閉じ込めたと言うギリシャの神話ですが、結構我々の現実生活にも当てはまる様な事が沢山あります。
特に、マインドコントロールされた宗教団体の信徒に見られる現象です。

私は、もと創価学会員でしたし、役職もあり活動家でした。
ただ、幸いだったのは、それ以前にキリスト教もやっていましたし、創価学会と日蓮正宗とは全く別物だと言う事は知っていましたし、幸運なことに私にはその様に教えてくれた人が居たからです。
例えば、創価学会の教学は、日蓮正宗の教義を創価学会流に解釈したものだと教えてくれていました。
又、自分で精神世界を探求していましたので、そう言う意味では私は余り創価学会からのマインドコントロールを強く受けていなかった事になります。
そして、20年くらい前に、創価学会が日蓮正宗の宗門から破門されたことを知った時、それ以前に原島崇氏や山崎正友弁護士の内部告発を知っていましたので、創価学会は誤った方向に行ったのだと言う事を自然に悟りました。
以来、聖教新聞紙に創価学会が日蓮正宗の宗門を悪者扱いの様な攻撃的な文章が目につく様になり、この段階では
もはや創価学会が軌道修正するのは不可能だと言う事も認識しました。
ですから、脱会するのは自然の成り行きでした。

ところが、不幸な事にそれでも創価学会を死ぬまで信じていた学会員も大勢居た様ですし、今もあるでしょう。
これは、何も創価学会だけの話ではありません。オウム真理教もそうですし、幸福の科学もそうです。他にもありますが、・・・・・

こんな事になる程、それでも宗教は必要だったのでしょうか?
地球以外の他の惑星では、彼らは宗教を持たないとよく聞きます。
では、どうして地球上の人類は宗教を求めるのでしょうか?

人は、パンドラの箱と言う寓話の様に、宗教の悪い部分を見てしまって宗教を嫌いになってしまうと、何故宗教が出来たのか?その目的は?知る事が出来なくなります。
もし、宗教のその素晴らしい部分を発見したらどうなるでしょうか?より深い理解が出来れば、信ずる事が出来ますので現実生活に有効に役立てる事が出来るでしょう。
全世界を見回しても、地球上では古来から土着宗教が出て、さらにキリスト教や仏教、神道もあり、独特の宗教が生まれています。
科学が発達していなかった時代に必然性があって現れた事なのかも知れません。
身内が亡くなられると、何故?と問う事があるでしょう。
動物の様に色々と考えないのなら、そうでも無いのでしょうが、世の中は本当に広いですし、不思議な事がたくさんあるものです。
ですから、科学の発達していなかった時代では、宗教のもつ役割が大きかった事でしょう。


現在は、科学も進歩し、見えない世界の事も研究されていて、インターネットを通じて情報交換が容易になり大変便利な時代になって来たものです。
本来はテレパシー能力があれば、もっと便利になるんですが、そうなると個人の秘密と言うものがなくなります。
だから、その前に心の問題を解決しないと、こう言う事は無理な事かも知れません。

私の経験では、キリスト教、仏教も勉強し、実践しましたし、さらに神道の事も知りました。
ですが、正直言って難しいですねえ。
宗教自体の解釈もやはり完璧ではない様です。
解釈だけなら、まだしても翻訳もそうですからねえ。

但し、古神道は別格かも知れません。

古神道の概念を宗教学的に翻訳して海外に正確に伝えられるのは、専門用語の単語数が世界一多いので難しいとの事。
古神道を宗教としないと外国の人に伝わらないが、本当は宗教ではないので困る部分がある様です。


聖書にしても、日本では現在の言葉使いに近い様に訳された聖書がある様ですが、これなんかはどうかなあ?と考えてしまいます。
それ以前の日本の聖書では、割と読みにくい文章ですが、まだマシな方です。
それでも、文章の間に「が」「は」「に」「や」「と」とか?あるでしょう?
原語を母国語に翻訳する時 にその一語の違いだけでも、文章の意味がまるで変わってしまうのです。
これが、まず第一点です。

師匠から弟子に口伝とか直伝とかありますが、代々伝えられる時に時代が長くなるにつれて意味合いが変わってくる可能性もあります。これが第二点。

同じ文章を科学の知識のある者と、そうでない者とでは、解釈も全然変わってくる可能性もあります。
例えば、UFOや異星人、他の星の事を示唆している言葉があるのですが、これらに関して知識のある人とそうでない人とでは、まるが解釈が完全に変わってきます。
そして、この解釈が正しいのか?どうか?その時点で最終的に確かめられる手段が無いと言う事です。

宗教の創始者のおっしゃった事であれば、直接創始者に聞く方が納得しやすいでしょう。
例えば、日蓮さんのおっしゃった事の真意を聞くには、日蓮さんに聞くのが一番良い訳です。
それが後世になると、今一つの感が致します。
これがあるが為に信者の間にその解釈がどうしても違いが出てしまい、争いの要因になります。

その上、教団になると運営の関係で「教団エゴ」と言うのも出てくる様ですから、これも困ります。

その為、霊能者の役割があるのですね。
但し、本物である事が条件です。でないと大変な事になります。
本物であれば、チャネリングによって高次の意識体にコンタクトを取り、アカシック・レコードにアクセスして知りたいことを知る事が出来ます。


では、仏教はどうか?と言うと、我々日本人に馴染み深い漢字や言葉が出てきますから、聖書よりはアプローチし易い感じが確かにある様です。
しかし、仏教用語は、時として難解な用語も存在する様です。一に百を秘めているかの様にです。
この教典の全容を知ろうと思えば、「八万法蔵」と言って教典を積めばお山の様になると言う話ですから、余程、本気で取掛からないと言葉のジャングルに迷ってしまいます。
教典の解釈なるものがあり、その解釈が正しければ良いのですが、その解釈が正しいのか?どうか?その保証がありません。
大雑把に見て、教えの優劣は確かに存在する様ですが、教えの優劣と人間の人格とは、別ものです。

で は、神道はどうか?その中で古神道が良い様です。
あの世の事とか見えない世界の事とか?そう言った精神世界をかなり記されてい る様なのです。
日本人に生まれて良かったと思えるのは、この古神道ではないでしょうか。
この神道の流れを汲む者に
今は亡くなりましたが、EAVで言うところの50の第四段階に到達している人が一人居ました。
この方は、あの世に対しても変幻自在の様でしたし、それ程、若いときから厳しい修行を受けられた様で色々な法力をお持ちの様でした。

アメリカ人のジョージ・アダムスキーと言う方も、素晴らしい宇宙哲学を残された様です。
彼 は、異星人の空飛ぶ部円盤に乗せてもらい、様々な惑星の旅に出かけその見聞記も面白いですし、何よりも哲学的な事も述べている様です。
そう言った彼も、やはり人間ですから誤りも犯す様です。
例えば、もっとも大きな誤りと言えば、彼は「霊界は無い」とはっきり言っていますが、それが為に彼の宇宙哲学を 学ぶ人にとっては、一つの大きな迷いをもたらしている様です。
霊能者ケビン・ライヤーソンに出て来る精霊のアトゥンレイさんの話では、
「彼は、異星人の言葉にはあまり詳しく無かったので す。時々、誤って解釈する事がありました。」との事でしたから、やはり人間 のする事、完璧ではないのですから、そこは許しましょう。

まあ、こんな訳です。
どこにも100点満点のものは無い様です。
せめて、80点は欲しいですねえ。
良ければ、
80点でも良いものがあれば、宜しいのではないでしょうか?
残り20点の部分は、学ぶ者にとって自分の責任として見極めましょう。
ですから、信仰は個人の問題です。
素晴らしい教えに巡り合えても色々問題がありますが、言葉の解釈にはとらわれずに教祖が何を言いたかったのか?その気持ち、その意味を知る事が出来たら個人の問題としてはそれで十分なのではないでしょうか?

精霊のアトゥンレイさんが言っていた事は、
「すべての宗教の中心は何か?と言うと、貴方自身を見なさいと言う事なんです。」とおっしゃっていましたので、これが分かったら宗教は要らないのではないでしょうか!

人間には、それが分からないから宗教が登場したのでしょう。
だから、宗教を否定する事も出来ないし、肯定する事も出来ないのではないでしょうか?
つまり、ある人にとっては必要で あったり、他のある人にとっては必要でなかったり、ただ、それだけの事なんですね。
だから、万人に共通した答えは存在しないのではないでしょうか?

特に、科学者で一流になればなるほど、宗教の持つ意味を見出して驚嘆するんです。

精霊のアトゥンレイさんが言っていたのは『それでは、「精神世界」と「宗教」についてちょっとお話してもいいですか?
精神世界と云うのは、科学の様なものです。そして、その宗教と云うのは、それを保存する為の組織の様なものだと考えて下さい。
』と言う話でした。
つまり、宗教の中に科学が保存されていると知るに至る訳です。
内在する科学の事は、色んな人が解明していく事でしょう。
ですから、我々は一般市民なのであまり深入りせずとも、役に立つ知識だけでも頂戴するのは良い事ではないかと思います。
ほどほどで良いのでは?昔の人はよく言いました。「何事もほどほどに・・・・」
まあ、昔の人の諺(ことわざ)も、一応本当の事の様ですね。



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最近は、何故か?リフォームに伴うDIYが増えました。(笑)

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