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アレックスの日々想うこと

人間中心の霊性から真の宇宙的霊性への進化 何事もポジティブシンキングで人生を謳歌していきたいですね。

うーむ、内容が良いですねえ。
この話を読んで、小藪さんのCQ(意識指数)が高いのではないかなあと感じました。

考え方のレベルが高いのです。
読んで大変共感を覚えました。
下記の内容は、もと創価学会の会員だった我々が、創価学会の活動家に対してその過ちを話をしたくなるものですが、黙して語らず、自分が先に変わる?あるいは更に成長すると言う事の方が有意義ではないか?と言う事を示唆している様におもわれますが、皆さん如何でしょうか?
そうなれば、自然と相手も変わるはずです。

以下、いずれ記事は削除されるでしようから引用転載しました。

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20121008-00007378-president-bus_all

本当に「バカな上司」の下で、どう働くか----------吉本新喜劇座長 小籔千豊(こやぶ・かずとよ)
1973年、大阪府生まれ。吉本新喜劇座長として百戦錬磨の芸人を束ねる。「知りたがり! 」「テレビで基礎英語」「バカソウル」などテレビのレギュラー出演も多数あり。音楽ユニット「ビッグポルノ」結成、CDリリースを果たした。

プレジデント 10月8日(月)12時0分配信

僕の職場である吉本新喜劇には、お笑いに精通した後輩思いで優秀な先輩しかおりません。だからアホな上司についての話なんて全くない……はずなんですけど、どういうわけか心当たりがないこともないので、僕なりの体験を語らせていただきます。
振り返ると僕の考えたアイデアを先輩が「それええやん」とあたかも自分のものとして使うようになったり、「こうしたらウケるから」と明らかに間違った リードをされて、舞台でスベらされてしまうことがありました。新喜劇の世界で座長というトップを目指して少しずつ点数を積み上げていく中で、たとえ上司の 指令であれスベってしまえば何十点もマイナスになるわけです。こんな迷惑な話もありません。でもそこで「おまえの言うこと聞いたらこのザマや。なにしてく れんねん! 」と突っかかるのは間違っていると思います。
というのも悪い上司が“病気”だとしたら、直接対決する方法はそのときスッキリするかもしれないけれど、それって抗生物質で副作用が必ず出てくるんで す。その様子を見ていた周りには「あいつは激情型で先輩に食ってかかる困ったヤツ」という悪いイメージが残って、結果いいことがない。困難に遭遇すると、 人は逃げるかやっつけるかしたくなるもんです。でもたとえばアホな上司・A型を叩いても、たいていの場合、次にアホな上司・新型が襲ってくるわけじゃない ですか。対症療法じゃダメなんですよ。
ではどうしたらいいかというと、即効性ある劇薬でねじふせたくなるのをぐっとこらえる。そして食事から変え、生活習慣から変え、どんな型がきても耐えう る体づくりをすることで、“病気”とうまくつきあっていく。つまりアホな上司に変革を促すのではなく、自分を強くして解決するんです。
僕の場合、「自分だけがひどい目に遭っている」という状況にとらわれないように努めました。「こうしてスベったのはみんな経験したことや。もっと過酷な状況でもっとひどい仕打ちを受けた人もたくさんいる。なに自分だけ悲劇のヒーローになってんねん!?  」と考えるようにしたんです。
■逆境がマイナスかはすぐにはわからない
といってもそれですぐモヤモヤが静まるほど、できた人間でもございません。そこで次に自分が何をしたくて今の仕事を選んだのか、初心に帰りました。それをしたらぶれへんと思うんですよ。僕が新喜劇に入った目的は、嫁はんにビッグマネーをパスするためであり、お笑いの世界に入ってお世話になった人たちに恩 返しするため。そこで「じゃあ耐えなあかん」と確認できる。読者のみなさんも何かを背負って仕事してるわけでしょう?  大体、自分の進む道が舗装された道路じゃなくてジャングルのいばら道ということはもともと知っていたはずで、そう考えればアホな上司がちょっかい出してくる状況だって自分自身で選んだと言えます。上司のせいにせず、なんなら自分がこの災難を招いてるぐらいの感覚でとらえたほうが、ストレスはたまりません。
逆境は受け入れてしまったほうがいいんです。僕が吉本新喜劇に入ったとき、芸歴9年あったのにまったくの新人と同じポジション、同じ給料からのスタートでした。そしてその後も「出る杭は打たれる」という言葉がなかったら自分で思いついたであろうほど上から打たれた。つらかったけど、その環境だったから頑 張れたし、マジメに勉強した結果、新喜劇とは何たるかを理解できたと思えます。
天台宗の大阿闍梨が書かれた本にも似たようなことが記されてました。その方は千日間、山を歩く修行をしていて、雨が降ると雨着の裾から露が入ってくる。 イヤやな、と思いながら山を潜り抜けたら、雨の水分が空気中で輝いて、陽が非常に美しく見えたそうです。一瞬イヤなことでも、それがトータルでいいことか 悪いことか、そのときは判断つかないんですね。今はアホな上司が自分に雨を降らしてくるとしても、それを糧にしたり反面教師にしたら、いつかは美しい陽を 拝めるかもしれません。
だから座長になった今、僕はアホな上司に感謝してるかというと……全くしてません!  でも、「よくぞあのタイミングであの人を上司に置いてくれた神様、ありがとう」と思っています。


創価学会関係者のブログを色々と見て回りましたが、ちょっと考えてしまいます。
ちょっと視野が近視眼的なのです。
それが大変気になりました。一種の危うさも感じました。
昔から「折伏」は難事中の難事と言われて来ましたが、何故難事なのでしょうか?
私も折伏は好きで得意でした。
何人したかなあと思いますが、今となっては自慢するようなものではないと思います。
何故なら、相手を説き伏せることは難しいですが、それ以上に自分が変わる、成長する事の難しさを言ったのではないだろうか?と思います。
まして、ダイヤモンドの如く、黙して語らず自分が変わる成長する事の方が何倍も難しいのではないでしょうか?
ついつい口をあけたくなるのが人情と言うものでしょう。
でも、それでは変われないのです。

もちろん、私も創価学会の改革はほぼ不可能と考えており、今となっては無い方が良く、恐らくは自然消滅、あるいはオウム真理教のように縮小するだろうとは見ておりますが、創価学会の脱会後は日蓮正宗に戻るも良し、無宗教でやっていこうとするのも良し、それらは皆自由です。
当然の権利ですし、そう言った様々な選択肢があると言う事です。
但し、同じ日蓮正宗なら仲間?そうでないなら仲間ではないと言う考え方ならば、それは改めた方が良いでしょう。
そして、お互いに立場が違っても敬意を表す心の余裕を持って欲しいと思います。
でないと、また争いの種を作るのと等しいと思います。
もっと視野を広げた方が長い目大きな目で見て良いのではないかと思います。

この記事へのコメント

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 なるほど。

いい記事でした。  自分が変わる為には相手が要る。 出来事もその縁になる。 しかしそれは誠に難しいものですね。 今更ですが、この当たり前のことに気づいています。 
 生き急いできたように思います。 今は世間様の老若男女に多くの友人が出来て、肩の力が抜けて、あの毎日毎日、続いていた焦りのようなものはなんだったんだろうかと感じる昨今です。

そうですねえ。

RAMBOさん、コメント有難うございます。

>生き急いできたように思います。 

そりゃあ、そうでしょうねえ。
私も創価に居た時はそんな感じでしたねえ。
折伏成果や選挙の成果、新聞購読数や役職上の責任で会員訪問とか色々する事が多すぎるのですね。
欲しくない書籍も買わされるし、自宅を拠点に提供したり色々やりましたわい。
色々なノルマがあるんですよねえ。


>今は世間様の老若男女に多くの友人が出来て、肩の力が抜けて、あの毎日毎日、続いていた焦りのようなものはなんだったんだろうかと感じる昨今です。

創価と離れる決心をしたならば、自然とそうなっていくんですわ。
そうやって、少しずつ肩の力が抜けて自然体になっていくんですよ。
そうなったら、しめたものです。
次に来るのが心の平安ですねえ。
そうして、初めて心が高みに昇っていく様になるんですね。
とにかく、時間がかかります。
一日一日噛みしめる様に大事にして下さいね。^^

創価学会

こんにちは。いつも興味深く記事を読ませて頂いてます。アレックスさんの文章で、「私も創価学会の改革はほぼ不可能と考えており、今となっては無い方が良く・・・」の部分、考えさせられます。これまで私は、「創価学会員が、それで幸福ならば、何も、わざわざ糾弾することもない。勝手にやらせておけばいい。」と思っていましたが、ある出来事をきっかけに、考えを変えることにしました。ここでは詳細は書きませんが、たとえ自分が直接、被害を受けていなくても、周りには必ず、創価被害者がいます。やはり小さなことでも見逃さず、ネットを通してでも良いから、批判は続けて行かなくてはと思うようになりました。そして、最も被害を受けているのは、すっかりMCされている、学会員自身だということを、何とかして、彼等に理解して欲しい。但し、学会叩きで金儲けしようとか、名を挙げようとする輩もいますから、そういう人には近づかないこと。私にできることは、あくまでも、草の根で、創価学会のおかしさを世に知らしめることかなと、考えています。

創価学会のこと

Rexさん、今晩わ
>いつも興味深く記事を読ませて頂いてます

有難うございます。
ネガティブな感情を刺激する様な記事を極力避けるように腐心しています。(笑)

>これまで私は、「創価学会員が、それで幸福ならば何もわざわざ糾弾することもない。勝手にやらせておけばいい。」と思っていましたが、ある出来事をきっかけに、考えを変えることにしました。ここでは詳細は書きませんが、たとえ自分が直接、被害を受けていなくても、周りには必ず、創価被害者がいます。やはり小さなことでも見逃さず、ネットを通してでも良いから、批判は続けて行かなくてはと思うようになりました。

そうですねえ。
人により色々な考え方があると思いますが、一応私個人の考え方と言う事で話しますね。

ただ、批判するよりは、諭す方が良いのではないでしょうか?
批判しても、人は誤りや欠点を指摘され、これらを正しなさいと言われたら、「はい、そうですね」と素直に受け取れるものでしょうか?
話したからと言って、人が変わる訳ではないので・・・・・。

謙虚な人ならば、その様に受け取ってくれるでしょうが、そんな人は少ないと思った方が良いかも知れません。
まして、相手は世間では普通じゃない?学会員です。
子供でもプライドがあると言うくらいですから、大人だと尚更です。

経営コンサルタントの船井幸雄氏は、宗教関係者にはやんわりと言う方が良いと、また、ワンクッションを置いて言う方が良いとおっしゃっていました。
彼は、たくさんの人物と会った上でその様に言っているのですから、諭す様に話す方が良いのではないか?と考えております。


>そして、最も被害を受けているのは、すっかり MCされている、学会員自身だということを、何とかして、彼等に理解して欲しい。但し、学会叩きで金儲けしようとか、名を挙げようとする輩もいますから、 そういう人には近づかないこと。私にできることは、あくまでも、草の根で、創価学会のおかしさを世に知らしめることかなと、考えています。

そうですねえ。
我々に出来る事は、草の根運動でしょう?
学会員自身も、心の奥底では傷を受けていると思います。
ただ、本人が気がつかないだけです。
人は、皆もう一人の自分自身が居ます。
精神世界では、これが「ハイヤーセルフ」と呼ばれたりしていますが、潜在意識よりは深い部分ですね。有名なのがエドカー・ケイシーです。

そこまで行かなくても、人はハイヤーセルフとは繋がったりしていますので、最終的にはそのハイヤーセルフに諭されると思います。
ですから、気づかせる方向へその入り口まで導くだけで良いと思います。
入り口まで案内したら、後は本人の力で行くと思います。^^

なので、世間様にも協力を仰いだ方が良いですね。
オウム真理教の撲滅には世間様の協力があったればこそ、出来た部分もありますね。

プロフィール

HN:
アレックス
性別:
男性
趣味:
DIY、読書、映画鑑賞、投資
自己紹介:
最近は、何故か?リフォームに伴うDIYが増えました。(笑)

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